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東京高等裁判所 昭和26年(う)1454号 判決

被告人

李再琴

主文

原判決を破棄する。 被告人を懲役八月及び判示第一の罪につき罰金五万円、同第二の罪につき罰金五万円、同第三の罪につき罰金五万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金七百五十円を壱日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収に係る別紙目録記載の各物件(昭和二十六年証第五号の一乃至四〇)及び長野地方検察庁大町支部押収の清酒粕十五貫醪三石八斗七升の各換価代金合計金二千八十五円はいずれもこれを没収する。

原審訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は末尾に添附した弁護人銭坂喜雄作成名義の控訴趣意書と題する書面のとおりで、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

第一点の(一) 原判決挙示の証拠中所論挙示の合資会社横川商店名義濁酒買受書と題する書面には同店が買受けた三石八斗七升は濁酒である旨の記載の存することは明白であるが、その余の証拠によれば本件は清酒原料及び焼酎原料である各醪であることを認めるに十分である。元来濁酒と醪との区別は本質的な性質の差違によるものではなく、その製造過程は同一で、たゞその用途目的の差違によつて区別すべきものと認めるのを相当とする。即ち所定の原料を酒精醗酵させたものをそのまま飲料に供する目的でそれ自体をもつて完成した酒類として用いる場合にはこれを濁酒とすべく、これに反しそのまま酒類として使用する目的でなく更にこれを濾過して清酒とし或は蒸溜して焼酎を製造する等他の酒類製造目的における過程として製出されたに過ぎない場合には醪と解すべきを相当とする。今本件についてこれを見れば被告人の検察官に対する供述調書、及び原審検証調書領置調書の記載等によれば、被告人は本件物質を更に濾過し或は蒸溜して清酒或は焼酎を作る目的であつたことが窺われるので、本件は濁酒ではなく醪と認めるのを相当とする。而して思うに右横川商店の買受書は元来濁酒と醪とには本質的な区別のないものであるところから本件醪をそのまゝ飲料に供しうるものとして同店は買受けたため濁酒と表示したものと認めるのを相当とする。又収税官吏の被告人に対する質問顛末書、差押顛末書、差押目録等にも濁酒なる文字の記載が存するも、差押目録の備考欄には清酒原料或は焼酎原料と記載されているところから考えると、収税官吏も濁酒と醪とには本質的な性質上の区別のないところから、いずれにも解釈出来るような記載をしたものと認められるので、右証拠中に濁酒なる表示があつてもそれは必ずしも濁酒と認めなければならない趣旨とは解されないから、何等理由にくい違いの存するものとは認められない。その他原審が取り調べた証拠に現われた事実によつても原判決の事実認定を覆すには足らない。原判決が本件を醪と認めたのは相当であり事実誤認とは認められない。論旨は理由のないものである。

その(二) 原判決挙示の証拠中所論挙示の佐藤順一作成名義の買受書によれば、同人が買受けた一石六斗二升三合は規格外焼酎である旨の記載の存することは明白があるが、その余の証拠によれば本件は清酒約一石五斗七升と焼酎約六升であることを認めるに十分である。思うに佐藤順一の買受書は収税官吏から本件清酒と焼酎を買取るように指示された佐藤順一はその一部に焼酎の存するところから不用意に凡てが焼酎であるが如く表示したものと認めるのを相当とする。従つて右証拠中に所論のような表示があつても何等理由にくい違いの存するものとは認められない。その他原審が取り調べた証拠に現われた事実によつても原判決に事実の誤認が存するものとは認められない。論旨は理由がない。

第二点 原判決理由中には醪と認めたものを主文において濁酒三石八斗七升の換価代金云々と判示していることは所論のとおりで、これは単なる誤記とは認められず、明らかに理由にくい違いのあるもので、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

第三点 よつて本件記録を調査するに、原判決主文中押収の清酒粕十五貫、濁酒三石八斗七升の換価代金の合計は原判決挙示の証拠によれば、所論のとおり金二千八十五円であることは計数上明白である。しかるに原判決がこれを七千四百三十一円四十六銭と認めて、二千八十五円を超過する部分をも没収したのは事実の誤認であるか或は理由不備の違法の存するものであるかのいずれかと認めなければならない。しかもこの違法は判決に影響を及ぼすものであることは勿論であるから論旨は理由があり、原判決はこの点においても破棄すべきものである。

第四点 原判決挙示の証拠によれば、原判決認定の第二の醪の数量は計数上合計一石六斗五升となることは所論のとおりである。しかるにこれを一石七斗と認めた原判決は証拠にもとづかず事実を認めたものとは認められないが、この点において事実の誤認の存することは明瞭である。しかし一石六斗五升に対しその誤差僅に五升である一石七斗と認定した程度の事実誤認は未だ判決に何等影響のないものと認めなければならない。論旨は結局理由がない。

第五点 酒税法第五十三条、第六十二条第一項の罪はその酒類の何であるかが識別される程度に判示すれば足りるのであつて、その酒類の酒精含有量は必ずしもこれを判示する必要はないのである。原判決は罪となるべき事実の判示として十分であつて、所論は独自の見解のもとに法律を解したもので論旨は理由がない。

第六点 本件記録を精査するに、被告人の本件犯罪の情状その他諸般の情況を綜合判断すれば、原審の量刑は重きにすぎるものとは認められない。蓋し原判決の科刑は所論の事情をも斟酌した上のものと認めるのを相当とする。論旨は理由がない。

而して本件は当審において直ちに判決するに適するものと認めるので、刑事訴訟法第三百九十七条、第四百条但書の規定に則り次のとおり破棄自判する。

原審が証拠により認めた事実を法律に照すと,被告人の判示第一、第二の各所為は酒税法第六十条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第四条に、判示第三の所為は酒税法第五十三条、第六十二条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第四条に各該当するところ、情状により酒税法六十三条の二によりいずれも懲役及び罰金刑を併科すべきものとする。以上各罪は刑法第四十五条前段の併合罪であるから懲役刑については同法第四十七条、第十条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役八月に処し、罰金刑については酒税法第六十六条を適用して各その罰金額の範囲内において被告人を判示第一乃至第三の罪につき各罰金五万円に処すべきものとする。なお右罰金を完納することができないときは刑法第十八条に則り金七百五十円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置すべく、押収に係る別紙目録記載の各物件(昭和二十六年証第五号の一乃至四〇)及び長野地方検察庁大町支部押収の清酒粕十五貫、醪三石八斗七升の各換価代金二千八十五円はいずれも酒税法第六十条第四項第六十二条第二項に則り没収すべきものとし、原審訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(別紙目録省略)

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